第五幕:代価なしの契約

やあ、来たようだね。
前の幕で君らを怖がらせてしまったかも。好奇心がボクを破滅に誘う。謝るよ。
ボクはファウスト。
この物語の語り部だ。

第四幕では、老いたファウストが未知に踏み込もうとして、失敗する話だ。
悪魔クララとの身体の繋がりにも、現実の探求にも失敗。そして彼自身も失敗作だ。失敗が続いている。
巻き返さなきゃいけない。

第五幕の始まりは、処刑場の石畳の上で老いたファウストが異常な痙攣を続けているところから幕があがる。
悪魔娘クララは、目を赤く輝かせて、愛しい男を眺めていた。
なぜかって?
彼女は男が死なないと知ってる。
悪魔の目は、魂を見る事ができる。
天使よりも先に魂を手にする為には必要な目だぜ。

「愛しい旦那さま。ファウスト博士。ご気分はいかがですか?この後、また私の身体を試しますか?」と彼女は妖艶な笑みを浮かべた。
「申し訳ないのですが、クソゲロくさいので、水洗いをしてから触れてくれませんか?」と嘲笑をこめて笑う。
「・・・・・・愛しいクララ」と、老いたファウストは正気にもどり、彼女に応えた。

「理想の女は愛する者を放置して、笑わない。・・・・・・それでもお前は美しい」
ファウストは、ゆっくりと上体を起こして、袖で口を拭う。
「恐怖に耐えられなかった。考えていくうちに私は湖にいて、そこに女がいた。私は彼女に近づいて、顔を覗こうとしたんだ。彼女の歌は私を絡め取り、湖へと誘ってくる。
私は何を見たんだ」と喘ぐようにいう。

悪魔は目を細めて彼に話しかけた。
「ただの女の幻でしょう」と。

「ただの幻を見ただけで!この身体は怯えて、そして死ぬのか?何も知らないまま。お前に看取られて。」
悪魔娘は、微笑み、彼を両腕で抱きしめる。
「では、あなたは何をお求めでしょうか?」と恋人に優しく頬に口づけをする。
「理想の女の中にも潜れない失敗作の探求者。あなたは、答えをご存知だ。」
悪魔の目が金色を帯びる。
魂を欲しがる狂気の鼻歌が、じわじわと近づくんだ。

老いたファウストは喘ぐようにして、彼女をみた。それから囁くように彼女に話しかけた。
「この身体は、もう・・・・・・ダメだ・・・・若さが・・・もう情熱が残されてない・・・」とファウストは願いを口にする。
「若さがほしい・・・若さだけじゃない・・・力もあれば・・・人を超えた力が・・・」と魂から引きずり出される欲望は、女を喜ばせる。悪魔として。硫黄と闇の気配が強まる。
しかし悪魔の金色の瞳の輝きが静まり、情熱をまとった女になる。
「ええ。そうよ。愛しい旦那さま。そう、若さと力は必要ね。」

「ーーでも、その願いを叶えるには、悪魔の力は必要なの。理想の女は、その事を知ってるわ・・・」
彼女の目の色は金と赤が交互に変わる。
「契約によって、悪魔の力は神の如く私たちを守ってくれる。わかる?わかるわよね?」
老いたファウストは、
彼女の変化をだまってみていた。
彼は、はっきりとこう言った。
「クララ・・・お前が私を愛しているなら、
悪魔の契約をしないで、若返る方法を知ってるはずだ。」ってね。

女は目を細めて、彼を見下ろす。
「なぜなの?愛しい旦那さま。理想の女は、すごく悲しいわ。なんで、こうもバカなのかしら。」
悪魔は、やんわりと両腕で老いたファウストを締め上げる。そのさまは、もはや蛇以外の何者でもなかった。
「悪魔の力は、神の如く私たちを助けて導いてくださるの。誰もが私たちを羨むわ。」そういって、ファウストの目を覗くんだ。
「これからの未来の話よ。あなたは英雄の如き肉体と若さを得るのよ。」
唄うように彼女は言葉を紡ぐ。

見なさい、遠いか近いか、あなた次第。
愛しい旦那さまが賢ければ
その道は
その未知は
すぐそこに
賢きことは真理への道
あなたの未知は、
羨望の目に囲まれる
この地上で我々は楽園を得る
あなたは賢い。
若さと力は
それを支える
これぞ三位一体
賢きこと
若いこと
最後に力さえあれば
怖いものなんてない

「どうだ、ファウスト。お前が羊皮紙に刻むのはチャンスさ。」
らんらんと輝く彼女の目は金色だ。
老いたファウストには見えない。
だが、彼ははっきりと言った。
「若さと力を得るのに、悪魔の契約は必要ない。なぜなら、悪魔の力は無力なのだ」とね。
「私の洞察力が君の無能さを指摘してる。悪魔よ。君は誰かの力を借りて、まるで自分が叶えたかのようにふるまうしかできない」
沈黙が二人をつつむ。

メフィストは微笑む。クララの仮面の下、悪魔の仮面の下からの光のような微笑みだった。彼は両腕を離した。
「我が行為のどこで、汝は、そう思ったんだい。聞かせてほしい」
彼は落ち着いていた。
まるで、アダムに楽園の中にあるものを説明してもらうかのように。
だけど、そんな機会は彼には永遠に訪れなかった。永遠に。

ファウストは、そのメフィストに教えた。かつての天使に学びの機会を。
「メフィスト。君は羊皮紙を何もないところから出した。それを大事そうにしたのが、私の注意をひいた」
「大事にしたことが?」
「何もないところから出したように見せかけて、君は自分が何かを作り出せるのを、私に演出したかったんだ」
ファウストは一呼吸して、言葉を紡いだ。
「無から有を作り出す演出だ。君にはできない。だから、羊皮紙を大事に扱った」
メフィストは微笑む。慈愛のこもった目で、神の哀れな失敗作を見た。
これまでのファウストの苦しみを、彼は共感した。
「見えすぎる事も、また不幸なのだ。」とメフィストは呟く。
「認めよう。悪魔は無力だ。もし犠牲なく力を行使する者があれば、その者は、幻の類だろうさ」と彼は唾を石畳にはきつける。
「分かった。契約は無い。君を若返らせてやる、ファウスト。オレはお前が好きだ。オレはお前を愛している」
寂しげに悪魔は微笑む。

老いたファウストは、目を見開く。
「メフィスト。お前は? 何をいきなり—」と困惑する。
老いたファウストは愛を知らない。
愛を知らないから、理想の女から大切な宝石として取り出そうとする。
悪魔にも毒を吐く。

メフィストは優越感で、微笑む。
「いいんだ。ファウスト。」とメフィストは彼の返事を受け取らない。
「若さと力だな。他にも必要ならオレたちで見つけよう。契約も犠牲も規約もない」
ファウストにむかって、ウインクをする。
「神も天使も悪魔も人間も、オレたちの前では相手にならんさ。笑い飛ばしてやろう。最後に勝つのはオレたちだ。忘れるな。オレたち一緒に羽ばたくかぎり、ヤツらはオレたちを捕まえられない」
悪魔の金色の瞳が赤へと変わる。
メフィストは虚空へと去った。
あっさりと。
クララに明け渡した。
悪魔の少女は高らかに宣言する。
「それでは、参りましょう。ファウスト。ここからが、我々の本当の旅が始まるのです」

第五幕は静かに閉じていく。

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