第四幕:ムダな行為

やあ、君らかい。ここにいるってことは、幕があがったのか。
・・・・・・ボクは語り部のファウストだ。

物語は第四幕。
第三幕では、老いたファウストと悪魔メフィストは契約内容の理想の女について語りあった。
ゲームに負けたくない悪魔は、理想の女を再現するために不滅の自分を殺して、契約者の理想の女クララになる。
だけど、ファウストは彼に愛する者に悪魔の契約は必要なしと言うんだ。

ねぇ、君はどう思う?

・・・・・・まあ、いいさ。今度の話は唐突に始まる。
ボクらはとある宿屋の一室にいる。
その宿屋は男女が隠れてやりまくるような、その為だけの建物だ。

その部屋の中には、ベッドとちょっとした家具があり、裸の男女が絡み合っていた。
黒髪で長髪の東洋風な女が、自分よりも倍の年齢の男性に身を任せて、柔らかなあえぎ声をあげていた。
ボクらは、あんまり近寄らないようにしてようね。なぜかって? そりゃあ、・・・・・・なぜだろうね。
男は老人で、魔法使い風の髭を生やした痩せた男だった。自分よりも遥かに若い女にこうやって介護されてるのに、幸せそうじゃない。
まるで、二、三発抜かれたら確実に死ぬような顔をして、バカみたいに喘いでいる。
この男の名前はヨハン・ゲオルク・ファウスト。
彼はボクであり、ボクではない。

正直、こんな男には麻縄の世話になるか、この宿屋の近くにある処刑場の斧で、ちょいと終わらせてさしあげたい。
ボクは鼻の頭を掻いて、女の人の姿を見て心落ち着かせていた。
むしょうに唾を吐きたい気持ちを抑えた。

ああ、やっと終わったようだ。
老いたファウストめ。
さっさと諦めたら良かった。
彼は何度も、共寝している女と繋がろうとしたが、無理だったようだ。
なぜかって?
彼の身体は年老いた魔法使い。知識はあるが体力なんてない。
若さの残されてない身体で、あんな若くて美しい女—-たとえ元は悪魔でも—-に介護されてるのは、ねぇ、君、ボクには納得できないね。
繋がろうなんて、思わなきゃいいのに。バカみたい。

「愛するファウスト。私、クララがいたらないばかりに・・・・・・」と女は言って、老いた男の肩に頬をよせる。
「申し訳ありませんわ。他にしてほしい事はありませんか?」とまで聞く。
これこそ、淑女ってもんさ。
そうさ。よくやってる。麻縄で男の首を絞めて差し上げないだけで及第点さ。まったく。

「おお、私の理想の女クララ。君は他にやらなくてもいい。」と男はいう。
一ー呼吸おいた後、男は言葉を続けた。
「余計なことはしなくていい。」と。

女が男のために、とくに柔らかい肌を押し付けようとすると「いいんだ。やめてくれ。」と悲鳴をあげる。
「ベッドの軋む音さえも私は怖い。まるで、私を地獄へと責め立てる。死にたくない。なのに止められない。このまま狂えたら幸せなんだろう」とまで言って悲劇ぶるんだ。とんだ悲劇だ。
ボクが舞台監督だったら、容赦なく髭を掴んでベッドから引きずり落とすのに。

外でカラスの鳴き声と羽ばたく音がする。嘆きの女の声がしばらく続いていた。
男は独りよがりの演技をやめて、女に聞く。
「愛するクララ、あの音は? 泣いた女の声がする。それにカラスが騒いでる。不気味だ。気味が悪い。」とちゃっかり、もっとも果実に近い柔肌に頬を押しつける。
「こんな所に来なきゃ良かった。私の部屋に戻りたい。私だけの研究室に。」
女は怯える男のムダに多い髪を優しく撫でる。
「愛する旦那さま。あれは、処刑された女の魂を慰めるために神さまが送ってくださったもの。不気味なことなんて、ええ、一切ありませんわ」と女は妖艶な笑みを浮かべた。
「処刑された女? 若いのか?」と男は聞く。
「ええ。とても、とても若くてキレイな女性です。旦那さま。興味がおありで? もし良ければ見に行きま–」
そこで、男は女の言葉を止めさせる。
「理想の女は、そんな事は言わない」って。

女は下唇を一瞬だけ噛み、もとの微笑みに戻る。
「ええ。理想の女は、そんなものに興味はありません。そうですとも。私がいいたかったのは、別のことーー」と男の頭を優しく撫でる。

「どれくらいキレイなのだろう。」と男が呟く。「もしかしたら、未知があったのかもしれない。」と女の目を見て聞く。
「その女は誰?お前は、名前を知っているのか?」ってね。
「・・・・・・いいえ、旦那さま。私には分かりかねます。だって理想の女なんですもの。」と女は微笑むだけ。

二人の間に冷たい空気と硫黄の香りがほのかに漂う。
「お前の言う通りだ、愛するクララ。」と男は言い終わると、
柔肌に髭面を押し付ける。

カラスが宿屋の木窓に近づく音がして、老いた男は震えだす。
「あのカラスは何匹いるんだろう? なぜ処刑場に多くいる? 女はなぜ泣く、私の知りたがりが、私を呼ぶんだ。わかるか、クララ。」と彼は尋ねる。
「ええ、わかるわ。私の旦那さま。ファウスト博士。ふふっ」と含みがあるように彼女は笑う。

ボクは、もう見たくない。
ねぇ、君は、美しい宝石を誰かと見るのは平気な方かな?
ボクは、この先の方へ行く。
君は? まだ残って、老いぼれたファウストのやりとりを聞くの?
・・・・・・まあ、いいさ。一緒に行こう。

舞台は変わって、宿屋の近くにある処刑場を悪魔娘クララと老いたファウストが二人で歩いている。
ボクらは、彼らの後ろを歩いている。
空は灰色で、処刑場の舗装された灰色の石畳をさらにめだたなくさせた。
ここは、罪人が引っ張れて、連れて来られる。
処刑がよく見えるように、都度、”台”を用意することになっているんだ。

ここの処刑方法は主に三つ。
焼き殺すか、首を吊らせる、そして斧で首を何度も切り落とす。
君は原始的だと思う? 残酷だと思う?
世界なんて、そんなもんだ。
理由をつけてるけど、
結局は悪趣味な知りたがりが多い。

老いたファウストも、クララに同じことを聞く。彼女は、クララは最初、理想的な女には、その知識はないと言ってたけど、彼女、求められたら応じちゃうんだ。そう言う女なんだ。

ねぇ、君ら。どこからか歌が聞こえてはこないか? 
亡霊の嘆きの歌にしてはキレイすぎる。
彼らには聞こえてないようだ。
ふむ。この声の主は女で、
甘くキレイな歌声を、
ボクたちだけに届けている。
なかなかのロマンチックな招待状。
ボクらはいったん、クララと”おいぼれ”から意識を離さなきゃいけない。

彼らから離れると、
ボクらの周りには霧がかかる。
これは仕方のないことだ。
ボクらは神の領域と呼ばれる場所に踏み込んだんだ。
普通の人間では知覚できない、
繰り返しの場所に。
あの二人から離れることは、ボクらにとっても危険なこと。
ねぇ。だけど、これが未知なんだ。
霧が晴れた時、ボクらは何に出会えるんだろう。

霧が少し晴れた先には、湖畔があった。少しばかりの木々が風に揺れて、ささやかな歓迎をしてくれる。
湖のまわりには、茂みがいくつかあって、ウサギの子たちが、小さな丸い宝石でボクらを見つめている。
湖の中央には、薄い衣を身につけた栗色の長い髪をした女が水面の少し上を浮かんで、ただ歌っている。

ねぇ、君ら。君らには聞こえている?
彼女は嘆きなんてない。
神さまへの感謝しかない。
ボクたちは、神さまを呪う、求めてやまないバカモノどもしか見て来なかったが、こう言う歌を聴くと、まあいいや。彼女は誰だろう?
嘆いた女の声とは違うようだ。
ボクは彼女に近寄りたい。
だけど、なぜか怖いんだ。
だんだん、歌も怖く聞こえてきた。
ボクらは来るべきじゃなかった。
さぁ、戻ろう。ボクらは物語を見なきゃいけない。

ボクだけなら、こんな未知に飛び込んでいたろう。本当さ。

言い訳するように、君らに向かって微笑んでみせた。

ボクらは、ボクらの物語の登場人物たちのいる場所へと急足でもどる。

霧をかき分けて、物語の裏側にあるところから、元の場所へ。

だけどね。歌は消えない。キレイな歌ほど、怖くてたまらない。ボクたちは、歌から逃げるように去る。

歌はボクらにこう囁く。

愛しい人よ、
静かにお眠りになって
わたしたちの子は
あなたが横になり
家族を見守ることを
祈っていた
あなたの救いの手
これが私を満たせたなら
(後は、わからない)

処刑場に来た時、ボクらが見た者はあまり気分がいいものじゃなかった。

老いたファウストは石畳の上で大の字になって、口から泡を噴き出していた。白目を剥き、知性を飾る髭は嘔吐の痕跡。

ボクらは、それを呆然と眺めていた。

第四幕はゆっくりと閉じる

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