やあ、君。僕はホームズだ。そして、ホームズを愛するシャーロキアンの一人だ。
なのにーーシャーロック・ホームズと名乗っている。
この物語は僕がなぜホームズにならなきゃいけなくなったかを話す。
ーーそういう物語なんだ。
1900年頃の事だ。イギリスのロンドン。霧の都にて僕は生きていた。
そこは、まるで本物のホームズが出そうな都市だった。昼は石畳と歴史ある建物に囲まれ、夜の闇に霧で異界のごとき不気味さで僕を誘う。
僕はその時、自分の名前を持っていた。幸せな男だった。
頭の中がお花畑と言われても、
仕方のない男だった。
ちゃんとした両親をもち、
ちゃんとした友だちをもち、
ちゃんとした仕事をもち、
ちゃんとしたプライベートさえあった。
ーー愛する人がいた。
彼女は、僕にとっては知の女神のような女性だった。
僕は彼女に詩を捧げ、彼女はーーいや、彼女への愛をどう言葉にしても、どうせ君にはわからない。
それにーー僕がさっき言ったものは、
全て僕を見放した。
たった一夜の過ちのせいでーー!
彼女とは違う女を抱きしめ、
とにかく喜びを分かち合いたかった。
それは愛ではない。
ーー本当に遊びだった。
僕は夜の散歩を愛していた。
あの日も、僕は散歩していた。
彼女からプロポーズのオーケーをもらって浮かれていた。
月の様々な表情を楽しみ、星の囁きに耳を傾けていた。
石畳の上を歩く時すら、夢見心地だった。
友人たちから祝福をもらい、
幸せな日々がこれからも続くと信じていた。
そこに女が現れた。
ガス灯下で、女が震えてしゃがみ込んでいた。
無視すれば良かった。
ーーだけど、頭の中がお花畑だった僕は女の肩に手を置いたーー。
気づいたら、
僕らはいい関係になった。
気持ちよかった。
悪くなかった。
僕らは知らない部屋にいて、
知らない寝台に仰向けになり、
それからお花畑の中にいたーー。
朝になって、女はいなくなっていた。
ーーそして、彼女にバレた。
しかも僕が女を脅して、関係をむすんだことになっていた。
僕は彼女に説明してと言われた。
心臓が跳ね上がってた。
「彼女の方から誘ってきたんだ!遊びのつもりだった!」と説明したんだ。
これで納得してもらえると、
その時に思ったんだ。
なぜかって?
愛する二人の前には神さまがいて、
見守ってくれるからさ。
だけど彼女は、悲しげに僕を見つめた。
「人との触れ合いは、遊びですまされないわ。」
こうして僕らは愛を失った。
彼女との愛を失っただけじゃない。
僕の全てが奪われた。
何が起こったか、わからなかった。
だから僕はドーバー港から船に乗って、海外へ逃げ出した。
本を一冊だけ持ってね。
それは彼女からプレゼントされたもので、医者のコナン・ドイルが書いた『緋色の研究』だった。
ーー彼女はよく僕を観察して、僕を驚かせた。
そのやり方が、この本に書いてあった。でも僕はーー、この探偵がイヤラしい男に思えて、よく読まなかった。
読んだフリをし続けてたーー。
波で揺れる船の甲板の上で、僕はため息をついた。
落ち着いたら、
故郷にはすぐに戻ってくるつもりだった。
ーーでもーー三年間も僕は彷徨ってしまったーー。
何が悪かったのか、
考えている間に。
こうして、第一幕は緋色の研究で幕を閉じる。
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