やあ、君。今回の物語は、ファウストが天に召された後の話だ。
彼の壊れた魂は、
次の誰かに受け継がれた。
もしかして、君の時代にも彼の魂を持つ者がいるかもしれない。
ボクが誰かって?
語り部ファウストさ。
ヨハン・ゲオルク・ファウスト。
君と共に物語を見つめる者であり、
君の友だ。
今度のファウストの魂を引き継ぐ者がわかった。19世紀後半のロンドンのベーカー街の下宿の一つ、221Bにいる彼を、ファウストを見に行かなきゃいけない。
物語は進むんだ。
いつも通りさ。
机の前でタイプライターを何度も打っては、書き直し、目を通してはーー
「ああ、これじゃ殺せない!ーーもう推理小説なんざクソ食らえ!」と叫ぶか呟いている。体つきは頑健として、首周りは筋肉によって膨張していた。口髭は整えられており、目は知性にあふれていたが、今は熱のこもった狂気の光が星光のように瞬く。
彼の名はジョン・F・ワトソン。
Fとはファウストだ。
この秘密の名はボクらだけが、
知っている。
本当は「ヘイミッシュ」だって?
そんなのーーまあいいさ。
近くで安楽椅子に座ってた男は、ヴァイオリンを弾くのをやめた。
「おい、ワトソンくん。君の苦悩は理解できてるつもりだ。ーーだが、君の今の食い扶持を放棄するのかい?」
この男は黒髪短髪に灰色の瞳、顔つきはワシ鼻に角ばった顎が目立った。かなり痩せて身長は高い。彼は少し前のめりになってた。
彼はシャーロック・ホームズ。
ワトソンの相棒で、ルームメイトで、ものすごくイヤな男だ。
「ホームズ。ボクには、ムリだ。耐えられない。誰かの不幸を食い物にするなんて。卑劣だーー卑劣すぎる。
ボクはもっと、人々が楽しめる本を書こうと思うーー」
「ほう・・・・・・。実に君らしい・・・・・・その、お花畑だ。
ーー良ければ人々が楽しめる本とやらの発想を、聞かせてほしいもんだな、先生。」「いいよ、君にも聞かせたかった。
これは、まず青年ジョン・ファウスト・ワトソンが馬車に轢かれた時に物語が始まるーーボクは彼をファウストと呼ぶーー」
ホームズは、サッと手をかざした。
「待ちたまえ、ワトソン。その、僕の聞き間違いとは思うが、ーーオチを先に言ったのか?馬車に轢かれたマヌケはーー」
ワトソンは頬をピクッとさせた。
「話の腰を折らないでくれよ。
まず、馬車でファウストが轢かれるんだ。これは容赦なかったーーファウストは死ぬーー」
「不注意で?」
「避けられない悲劇だった。少年が石畳の街道で遊んでた。そこに、馬車が猛スピードで突っ込んでくるーー
青年ファウストは、それを見た。
そして彼の本能の命じるまま、馬車に轢かれそうになった少年を突き飛ばし身代わりになったんだーー」
「もっと他に助けようがあっただろ。
なぜ、突き飛ばすんだい?」
「状況が状況だったーーおい、聞けよ。ファウストは、中肉中背でパッとしない男でね。本来なら優しく強い男だが、示す機会がなかった。彼は人生に失敗したと常に感じてたーー」
「なるほど、負け犬か。続けて。
その負け犬が犬死にした。実に感動的だな。ヴァイオリン弾いてていいか?」
ワトソンは再び頬をピクッとさせた。
ホームズは分かっているのに、心のない言葉を続けた。
「ねえ、君。その犬には、どの曲が合うと思うんだい?本能で馬車に飛び込むから、ーーそうだな。陽気な感じといこうかーー」
ワトソンは不機嫌な気持ちを隠さずに、こう言った。
「君のような人間の前に現れない女神さまが、彼の前に現れる。」
それを聞くとホームズは大笑いした。
「犬死にの次は、女神さまか。
おい、その女神さまはマトモなのかい?犬顔はカンベンしておけ。
ファウストが可哀想すぎるーー」
「女神は人の顔をしている。とても美人さーーそうさ。で、女神は彼に鋭い知性と身長と美しさを与えるんだ。
そうだ、身体は新しくもらったことにしよう。あとは、火と水や土や風を扱う。魔法みたいだろーーこれが彼の善行の褒美だったーー」
ホームズは、しばらく聞いていた。
「ーーなるほど。チートってわけだな。それで?彼は既に死んでるんだ。
犬みたいに石畳の上でくたばってる。
全部・・・・・・役に立たないーー生き返るのか?」
「いいや。彼が生き返ったら、誰も彼のことを分からない。身長も伸びてて、顔も違う。その場で生き返ったらまずい。だから、異世界で生き直すことになる。ボクが推理作家から、ちゃんとした作家になるようにだ」
ホームズは少し考えた。
それは一秒もかからなかった。
「おい、よしたまえ。ワトソン。
僕らのファウストは必ず破滅するーー」とホームズは言い切った。
「ーーなんだって?」とワトソンは顔色を変えた。
「知性と美しさを備え、超人的な魔法も使えるんだ。破滅するわけがない!」
「いいや、断言する。
君はファウストを破滅に追いやった。
さて、論理的に説明しようーー」
こうして、第一幕は異世界転生で幕を閉じる。
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