第二幕:悪魔の怒り

やぁ、ボクは語り部たるファウストだ。
この話を、再び聴きにきた君らは誰?
そして、どう言う存在なんだい?
・・・・・・まあ、いいさ。

物語は第二幕だ。
第一幕では、
老いた大学講師ファウストが、
自分の限界を知り、
神への呪いを叫んで、
悪魔を呼び出す所から始まった。
二人の出会いは永遠。

おや、あの男が口を開くぞ。
聞き耳を立てようぜ。

とある大学の一室で、
悪魔メフィストの力によって
少しばかり広がった部屋の中に
ボクらはいた。

老人は「悪魔?
ルシフェルの影?
メフィスト?」と
言葉を繰りかえした。
「悪魔なんて、
呼んだ、覚えはない」と
掠れたように繰りかえした。

頭の悪い学徒のために、
学位の権威を
ふりかざすために、
賢さを装うために、
魔法使いめいた服をまとい、
髭をたくわえたるファウストは
言うんだ。

それと対するは
黒いタキシードを身にまとい、
貴公子の風格を備える悪魔がいた。
彼は目を細めた。

「君が呼ぼうとも、
呼ぶまいともーー
オレが
ここにいるってことはーー」
彼は老人の頬に優しく触れて、
耳元で囁く。
「君はオレを呼んだんだーー」
それはまるで、
恋人にでも語りかけるような
魂の堕落への誘惑。

ファウストは目を見開く。
彼は悪魔に嘲られていた。
ただの人間。
頭の悪い者の一人と。

老いたファウストの目に
一瞬だけ、
若き日の熱情が走る。

老いたファウストの変化は
ボクたちしか知らない。
悪魔は気づいてない。
「悪魔よ。
お前は、お前ならできるのか。
俺の、いや、私の渇望を。
このままだと、
自分を、自分を・・・・・・」
ファウストは
恋人にすがるかのように、
悪魔の胸元をつかんだ。

情熱をこめて。

なぜかって?
ああ、狡猾な老いたファウスト。
彼はこれから悪魔を
モノにするつもりだから。
彼の頭には借り物しか
つめこめられてないが、
この借り物が厄介さ。
悪魔にとっても。
彼という人間を
ある種の方向へと走らせる。
善へも悪へでも。
普通は、そうはならない?
道徳心があるから?
そうだね。
でも彼には何もないからさ。
道徳心は知識でしかない。
神さまだって
彼を止められない。

悪魔は一瞬考えこむようにして、
言葉を続けた。
「博士。
オレは慈善団体に所属していない。
営利目的だ。
ボランティアなんて
信用するたちでもないだろ。
何をしてほしい?」と
老いた彼の肩を優しく掴んだ。
するとファウストは
身体をこわばらせた。

「何をしてほしいだと?
口に出さなきゃ、
わからないだと?
悪魔の限界ここにみたぞ。」

悪魔は怪訝そうな顔を
恋人に向けた。
片眉をあげ、
端正な顔が歪んでいく。
「悪魔の限界?
人間ごときが、
お前にとって
神に等しいオレさまの
限界を測るか?」
老人の肩をつかむ手に
力が込められている。
その細い腕がミシミシと
音を立てていた。
それでも、
この老人は言葉をやめなかった。
「悪魔よ!
お前なら、
この私の苦しみを
終わらせることは
可能なのか?」

叫びは虚空へと
飲み込まれた。
「終わらせることは
できるのかーー」
ーーそうだ。
この願いは、誰もが聞いた。
苦しみを
終えたいという叫びを。
ボクたちは聞いたんだ、
ここで。

悪魔は少しずつ
端正な顔へと戻り、
かつての天使の面影を
取り戻す。
ファウストの魂の叫びは、
悪魔に一瞬だけ
慈愛を取り戻させた。
「できる。」
彼は、思わず口に出していた。
悪魔すら、
老いたファウストを憐れんだ。

神はファウストを、
人間にしてはダメだった。
間違いの一つさ。そうさ。

「お前の言う通りだ。
オレは、お前の本当の望みはわからない。
表面的なことしかわからない。」
そこで悪魔は少しだけ微笑み、
老人を見た。
「人の心の奥底まで見通せるのは、
全知全能の神にしか不可能だ。
それがオレたちの限界だ。認めるよ」と
親しげな表情を見せた。
「ねぇ、ファウスト。オレに教えて。
お前が望むモノを。」
恋人に語りかけるように、
メフィストはファウストに言う。
「私が、ほしいのは・・・・・・」
老いたファウストが、
ゆっくりと口を開く。

ーー欲しいのは?

か細い声で、
老いたファウストは言った。
「ーー理想の女がほしい」


虚空に、
ファウストの欲しいものが
響き渡り、
消えていった。
幻が煙のように
女たちのシルエットを映し出す。
様々な誘惑的なポーズが
浮かんでは消えた。
「理想の女ね。
ふふふ・・・・・・
博士、
これはまた、賢い選択ーー」
ファウストの頬に唇を寄せて、
悪魔は囁いた。
「いいね、博士。
物語には女が必要。
アンタはわかってる。
そうさ、それでいいさ。
そしたら、オレも次を話せる。」
悪魔は微笑みを絶やさなかった。
「アンタの苦しみ、終わらせて、
オレも欲しいものが手に入る。」と
言葉を続けた。
「悪魔の欲しいもの?」と
老いたファウストは聞き返す。
「ああ、博士。
オレたちが欲しいものは、
古来から決まってる。
心臓? 血? 違うね。
ーー魂だ。
お前の全てだよ、博士。」
「なぜだ? 
なぜ、魂を欲する?
私の魂になんの価値が?」と
ファウストは聞き返した。
彼の性分が聞かずには
いられなかったから。

悪魔は毒気を抜かれたかのように、
恋人を見つめた。
「価値を聞くのか、このオレに?
お前の価値を。
さてどうしたものか。
過大評価すればつけあがる。
過小評価すればへりくだる。
どっちにしろ、
オレには決めかねぬ。」と
彼は口ごもった。

さて、悪魔も悩む鋭い問い。
彼は答えるのをやめて、
別の事を話した。
なぜかって?
考えるのが面倒くさかったからさ。

「魂とは、まるで神の最高傑作」
悪魔は唄うように説明した。
「魂とはまるで永遠の旅人であり、
神の祝福そのものだ。
彼らは先へ進む。
どこへ?
なんて野暮な事は聞くな。
オレだって知らない。
それこそ、神のみぞ知る。」
悪魔は少しだけ悲しそうにした。
「美しい魂や腐った魂も
行きたいところへ行く。
そんなもんだ。
魂には自由意思がある。
誰も止められやしない。
だけど、
物事には例外が必ず存在する。
完璧はないんだ」
ここで悪魔は叫ぶように両腕をあげた。
笑う気持ちを抑えられず、
口は耳まで裂けて、
端正な顔から悪魔の本質を見せた。

【例外とは自由意思での束縛だ!!!】

【分かるか、神よ!!!】

【お前の創造した芸術は!!!】

【自ら自由を手放すのだ!!!】

【呪われろ、呪われろ、呪われろ!!!】

【オレたちは嘲笑い、
貴様の創造に唾を吐きかけてやる!!!】

悪魔の言葉を、
天に唾はいたファウストと
同じように唄った。
堕ちた天使の歌で。
かつては神を賛美した、その口で。

ファウストは狼狽えた。

天使の金切り声のような歌を、
君は聴いている。
ボクらは、悪魔の言葉をもらった。
ーー誇るべきだ。
たとえ君が聴きたくなくてもさ。

ーー沈黙はしばらく続いた。
神からの応えはない。
冒涜の歌は時として、
ボクらを終わらせる。
一瞬でね。

ーーボクらは見逃されたようだ。
神の罰はない。
安心して、物語に浸るといい。

ーーさて、話を続けよう。
老いたファウストは、
悪魔の豹変にたじろいたが、
聞く事は変わらない。
「できるのか、
できないのか?」ってさ。

悪魔は神からの罰を
待ってたようだけど、
何も起こらないことに、
少しだけホッとして
次の瞬間には悲しんだ。
無関心という罰だ。
残酷な仕打ちだ。
業火に焼かれて死ぬ方がマシだ。
犬のように棒で打たれて、
死ぬ方がマシなんだ。

悲しさを紛らわせるために、
悪魔は更に残酷になった。
「できる。」と
悪魔は無表情になり、
目を老いたファウストに向けた。
「前にも言ったが、
慈善団体じゃあないんだ。
契約をしてもらおう。」

ファウストは、
その言葉を聞くと絞り出すように、
彼は話した。
「完璧で理想的な女を用意するんだ。
悪魔よ。
そうしたら私は魂を差し出してやる」

悪魔はファウストの完璧という言葉を
簡単にうけとって、
うなずいて見せた。
「できる。」
彼は繰り返すように言う。
もう魂を手に入れたも同然だ。

硝子の瓶にいれて、
奥深くを覗くのもいい。
魂の色は格別で
所有欲を満たしてくれる。
そんな事を考えてるかもしれない。

売られた魂は、永遠に囚われるんだ。
悪魔の懐の中でさ。

「それでは、博士。
我々には契約の証が必要だ。
血は要らんと言ったが、
これには少しばかりの血が必要さ。
名前が長ければ、ふふ、
・・・・・・いただく血も
多くなるがね」

彼は羊皮紙をどこからか、
出した。
まるでマジシャンが
トランプを出すようにさ。

老いたファウストは、
その時に動いた。
「待て、悪魔よ!
契約前に、確認させてほしい。
お前はどう完璧で
理想の女を用意するつもりだ!」
悪魔は一瞬凍りついた。
その問いは、
静かな湖畔に
斧を投げ込んだみたいだ。
木こりが呆然としてるだろ。
それが今の悪魔の顔なんだ。
「悪魔よ。
お前は信用ができない。
なぜか?
私とお前は、
今日、初めて出会った。
私がお前を信用するわけがない。」
老いたファウストの声は
虚空を揺らがせた。
これが彼の反撃の始まりだ。
人間としての彼の。
ボクらは、黙って聞いてみよう。

悪魔は羊皮紙を
大切そうに胸に戻すと、
失望したかのように
老いたファウストを見つめて、
聞く。

「信用できない、か。
お前の言う通り、だ。
信用できないだろう。」
唄うように、
彼は言葉を続けた。
「どうする?
契約を伸ばして、
オレが信用おけることを
証明してやろうか?」
憎々しげに唇を歪ませる。
「朝から晩まで、
つきっきりで介護を
してやればいいのか、
おいぼれ」と
毒まで吐いた。
「信用を得る一つとしてーー」
老いたファウストは
悪魔の言葉を遮った。
「ーー信用を得る一つとして
契約内容を具体的にしたい。
それをやりたいと言ってるだけだ。」
老いたファウストは、
はっきりと悪魔に向かって言った。
「わかった。
オレは理想の女をこの街から、
探して連れてくる」
「この街では、足らぬ」とファウスト。
「この国から」とメフィスト。
「この国では、足らぬ」とファウスト。
「世界中から!」とメフィスト。
「世界中では、足らぬ」とファウスト。
「はぁ?」と弾けたように
メフィストは
ファウストにつめよった。
さっきまでの
恋人気取りは投げ捨て、
金色の目に蛇の気配が宿った。
「世界中をかけめぐっても、
満足しないのか?」と
怒りで声に炎が混じり
硫黄の香りが辺りにただよった。
「満足できない。
世界中にいるような女では」

悪魔は、目を細めた。
人間の油断のならない行動に
警戒をした。
だが彼自身、
すでに契約に囚われていた。

理想の女!
理想の女だと?
理想の女だって??
彼は何度も呟くが、
どうも思いつかない。

「どうした?悪魔よ。
顔色が悪いぞ」と
老いたファウストは嘲笑した。
そこに敬意はない。
あるのは、そう。
ーーバカにしてた。
「悪魔よ。
偉そうにしていたわりには、
お前には何もできない。
神から捨てられるのも納得した。」

老いたファウストは、
ここで初めてミスを犯した。

なぜかって?
悪魔を、本気で怒らせたのさ。

メフィストの身体は突然に膨張し、
耳まで口が裂け、
両腕は退化し、
皮膚が剥がれ、
鱗がでて蛇へと変わった。

【ーー殺してやる、
ファウスト!!!】と
悪魔の言葉を発した。
それは蛇が獲物を追う音。
戦いの合図なのだ。

ねぇ、君たち?
こう言う時こそ、神さまに祈る時だぜ。

だけど巨大な蛇を前にした時、
老いたファウストは、
どうしたと思う?

命乞い?

それとも、逃げ出した?

違うね。

彼は、

ボクらは、

蛇を睨みつけて、

不敵に笑うのさ!

こうして物語は一旦幕をとじる。

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