やあ、君らかい。戻ってきたね。
幕なんていつも上がるもんじゃないが、
歓迎しよう。
第二幕では、
老いたファウストが、
完璧な理想の女を求めて、
悪魔メフィストに無茶な要求をして、
殺されそうになるところだ。
ボクらは、とある大学の一室にいて、その部屋は悪魔メフィストが巨大な蛇になって更に広がっていた。
硫黄の臭いが漂よう、闇と炎の部屋だ。
悪魔を怒らせたのさ。ものすごくね。
どれだけ怒ってるのか、実際に悪魔に聞いてみたら?
【ファウスト!このおいぼれ、お前をぶっ殺して魂を抉り出し、理想の女ごと、地獄の寝台で楽しんでやる!】
いま聴いている台詞は、ボクの翻訳だ。
蛇の罵詈雑言は、悪魔の言葉だから、
君らには全部は理解できない。
なぜかって?
悪魔の言葉だからさ!
ボクらは人の言葉を話してる。
幸いなるかな。
【跪け!ファウスト!さすれば、敬意をもって、牙をたてよう。我が毒で苦しまずにいけよう!どうだ、おいぼれ!】
蛇はなおも、何かを言ってるけど、
老いたファウストには理解できない。
だから、彼は笑ってる。
蛇の愚かさを、不敵な笑みで。
蛇は、ファウストの笑いが不気味に感じる。だって、メフィストには彼の心がわからない。蛇の目は警戒した。
身体全体を動かし、ゆっくりとぐろを巻いた。
その時に老いたファウストは吠えた。
「悪魔の限界、ここにあり!」ってね。
聞こえたかい?
ファウストは続けてこう言う。
「悪魔よ。貴様は私を殺せない。殺せば、お前は地獄の同胞たちに軽蔑されるからだ!」
悪魔は人間の言葉をムリヤリ使って応えた。
「愚かな、おいぼれ。なぜ、貴様ごとき人間を一人殺しただけで、我が同胞の敬意を失わねばならない? 我らは貴様らにとっては神同然なのだ。虫ケラを潰したからと言って、なぜ同胞からの敬意が失われるのだーー」
ムリヤリに人間の言葉を話すから、古の言葉づかいになってる。
なぜかって?
彼らの言葉は昔から変わらない。
天使としての荘厳な言葉使いが抜けないんだ。アダムやイブに語りかけるように話すしかない。
「悪魔よ!それは、貴様が契約を私に求めたからだ!そして、私の願いを叶えられると言ったからだ!」
ファウストは、老人のくせに大きな声で悪魔に語りかけた。
部屋の中で、麻縄を調べてた男。
神を呪った口で、悪魔に話しかけた。
「貴様は、契約内容を具体的に言えず
契約者を感情的になって殺す!
ここに敬意は一切発生しないぞ!」
ここで彼は一息つく。
「さあ、やるならやれ!地獄の寝台で、私を、乙女ごと楽しませろ!」
蛇は、ますますトグロを巻き、憎々しげにファウストを見た。
「我が契約者を感情的になって、殺すだと?否!これは神のごとき我にーー」
ファウストが口を挟む。
「仲間たちから敬意を失ったお前に、
ルシフェルは、なんと言うかな?
看板を返せというさ!」
その言葉が決定打だった。
蛇は泣いた。
怒りのままファウストを殺したら、
確かな未来があった。
仲間たちからの軽蔑ーー。
地獄での宴の中、
誰にも乾杯すらされず、
地獄の名簿にも名が載らない。
そう言う未来さ。
なぜかって?
敬意は集団生活の中で、大事なものだからさ!
「わかった!わかった、ファウスト。すまない。お前があんまりにも、その、失礼な事を言うもんだから、オレ、驚いたのさ。」
メフィストは、蛇の頭を踊るように動かす。
「そうさ。驚いて、ちょっと、バカになっただけ。」と軽くウインクする。
老いたファウストは、どうしたかって?
不敵な笑みを浮かべて、次の言葉を話すんだ。
「悪魔よ。契約内容を具体的に話すんだ。既に世界にある女は私の理想たりえない。」
ファウストは一息ついて言葉を続けた。
「未知だ。未知の女が、私の理想の女だ。そのために、お前は、何ができる?」
蛇は、ゆっくりと縮んでいく。
あまりにもゆっくりだから、きっと欠伸がでる。
「オレがやれる事は、女を騙して連れてきて、アンタと一緒に楽しむとか。」
少し小声で、深く考える。
「いや、それだと、おいぼれは死ぬな。この場合、オレが殺した事になる? まずいな。」と呟きながら縮む。
「ああ、オレは誰にだって変身できる。しかも完璧にだ!わかるか?オレの姿が女に代わりに、お前はオレと楽しむ。」と悪魔はいう。
「オレが二、三発、いや、そしたら、おいぼれは死ぬな。オレが殺した事になるのか?」と悪魔は呟く。
ああ、あんなに大きな蛇が人の形をとる。不気味な進化の過程。もしもの歴史がボクらの目を穢す。
猿か蛇か、まあいいさ。
話を戻そう。
老いたファウストが目にしたのは、
元の金褐色の短髪の美青年ではなく、
真紅のベルベットのドレスに身を包まれた黒髪の美少女だった。
「やぁ、ファウスト。
驚いただろう。理想の女性は、オレが叶えてやる。」
悪魔メフィストの反撃が始まる。
老いたファウストは、生唾を飲んだ。
彼の目は、東洋人特有の黒髪と異国風の容姿に惹かれていた。
メフィストの姿は、
彼にとって未知だった。
その姿を見て、妖艶に微笑む悪魔は、
スカートの裾をめくりあげていう。
「ああ、理想的な旦那様。私めをめちゃくちゃにしてくださいませんか?」
君たちは、こういうのは好き?
ボクも好きさ。
だけど、この物語で語られるか疑問だね。
だってこの物語はーー。
まあいいさ。彼も時には許してくれる。
ボクらは、続きのシーンをみる。
ベルベットドレスのスカートの下には何も身につけてはいなかった。
なぜかって?
これが悪魔の誘惑だからさ。
下着を履かないことで、自由を表す。
まさに花園にいつでもどうぞ。
悪魔は、ファウストを妖艶に見つめる。目は優しげだが、ぶっ殺す気満々。
いつでも好きあらば、悪魔はファウストを地獄の寝台につれていく。
老いたファウストは顔から脂汗を浮かべて、立ち止まった。
「どう?旦那さま、完璧でしょ?
なら、契約内容を確認したってことで、羊皮紙にサインを—-」
女となった悪魔は魅力的なお尻をふった。
なぜかって?
ボクらは悪魔の後ろに回り込んだ。
できるだけ、
悪魔の魅了から君を守るために。
ボクは君の前にでた。
でも、えへへ。
後ろから見るのも悪くないーー。
女の姿をした悪魔は、メフィストに近づいた。緊張と好奇心が、この部屋に漂よった。どこかしらで、情熱の歌さえ流れてきた。
「ああ、悪魔よ。お前は私の理想とする女を詳しくは聞かなかった」
悪魔メフィストは、立ち止まった。
可愛らしいお尻を、ボクに見せたまま。
どう可愛いお尻かなんて説明したら、
この物語は尻に敷かれる。
残念だけど、君には教えない。
話がそれたけど、悪魔はファウストに聞き返す。
「理想的な女の詳細だって?なんだ?」
老いたファウストは、咳を一つ。
女の形から一歩離れて、言葉を紡いだ。
「悪魔よ。その少女の姿は私の未知だ。だが、それだけでは完璧ではない。模倣してるだけ」
その言葉を聞いて、悪魔はイラつく。
「何が言いたい?模倣の何が悪い?」
「模倣は悪くはない。ただ、模倣には本物の魂が欠けている。足りないんだ。お前たちのいう魂が。」
ファウストは一息つき、触れたいという本能を抑えた。
「その美は、邪魔なモノがある。なにか分かるか?」
少女の顔が一気に蛇の形相へと変わる。
耳まで裂けた口と二枚舌が飛び出る。
「オレの変身は完璧だ!
邪魔なモノがあるわけがない!」と悪魔の咆哮。
ファウストは、うろたえる事なく、冷静に返した。
「いくら変身がうまかろうと、そこには心がない。心のない理想的な女なんてありえない。心と身体がそろってこその、理想の女だ。」
老いたファウストの話はメフィストを納得させた。
「たしかに、な。理想な女が病気持ちとかは、クソッ、たしかにな。」
含みのあるような悪魔の呟きを無視して、ファウストは言葉を続けた。
「メフィスト。お前には分かるか。お前の変身を邪魔するものをーー」
二人の間には、しばらくの沈黙があった。ファウストが口を開く。
「邪魔なモノは、お前だ。メフィスト。
メフィストフェレス。
お前の魂なのだ。」
しばらくの沈黙。
沈黙を破ったのはメフィストフェレスだった。
「はぁ??」
老いたファウストは言葉を紡ぐ。
「メフィスト。お前は、少女の何を知る?少女は誰で、何者か?」
この質問にも悪魔は唖然とした。
「オレはメフィスト。メフィストフェレスだ。」
「いや、それはお前の変身する前の名前だ。変身した後のお前は、何者なのだ?」
「オレは、メフィストだ。ルシフェルの影、悪魔の貴公子だ。」
ファウストは顔に手を当てる。
「メフィスト。お前の変身は完璧なんだろ? そこらへんの悪魔とは違う。そうだな? お前の名前は?」
メフィストは黙ると、納得したようにサッと蛇女から可愛い女性に変わった。
「うふん!アタシの名前、クララよん。この辺りで娼婦をしてる生粋のビッチ。誰にでも股を開くから! 病気持ちなの」と可愛くいった。
ファウストは、両手で顔を押さえる。
まさしく理想的な女が悪魔にヤラれた男のように。
「メフィスト!!!」
ファウストの悲鳴に近い叫びで、悪魔は後退した。
「なんだよ?ファウスト」と愛想良く、乳房を揺らしてる悪魔。
「そんなんではーー契約なんてムリだ」
「はぁ? 娼婦の何が悪いんだ?」とメフィストは強くいう。
「どこの世界に、理想の女が誰にでも股を開く女を選ぶ?」とファウストは呆れたようにいう。
まあ、いいさ。彼らは話し合った。
理想の女はこうだと、お互いに心動かす瞬間を語った。ファウストにとって、この語らいは初めてで、メフィストにとっても、ファウストという男の純粋さと、バカさ加減に唾を吐いた。
床に不潔な痰がへばりついた。
「わかったよ、博士。やり直しますわ。わたくしの名前はクララ。訳あって、市民のふりをしてますが、生粋の貴族です。ファウスト博士」と異国めいた笑顔をむける。
「あなたの講義を受けて、その偉大なる知性と老いさらばえた搾りカスの身体にムラムラしました。わたくしをブタのようにあつ—」
ファウストは耳を押さえた。
間違えた部分をメフィストに修正させた。
「あなたの講義を受けて、その偉大なる知性と控えめな身体に恋しました。ぜひ、私をお供にしてくださいませ」と悪魔は微笑む。
老いたファウストはうなづくと、クララとなったメフィストにいう。
「悪くはない。だが、この少女には私に対する愛が足りない」
クララはファウストを眺める。
「まあ、愛に足りる足りないを求めるの、愛しい貴方。そんなに仰るのなら、この奏でる泉で、少し楽しませてさしあげますわ」と彼女はいう。
「でも、二、三発でおいぼれは死ぬと思いますわ。」周りの家具がガチャガチャと笑うように鳴る。
「この場合、殺したのは私になるのかしら。」と淑女のようにため息をついた。
「貴族の娘はニ、三発とは言わないし、口の奉仕もやらない」とファウストは冷たく言い放つ。
「やれやれ。注文の多い方だな。」とメフィストは元に戻る。
「完璧な理想の女を手に入れるためだ。妥協はしない。」とファウスト。
「わかりましたわ。私、全力であなたを、あなたを愛します。魂の形すら、クララになりますわ」
その時、メフィストの金色の目は赤く染まる。メフィストは魂の形をムリヤリ変換していく。
なぜかって?
天使の魂は人間とは違う。
魂であって、魂じゃない。
彼らの魂の形は闇と炎。
とてもじゃないが、人間にはなれない。
何かに寄らなければ、自分を保てない。
でも、メフィストはやってのけた。
自分の本質を限りなく消し去っても、このゲームに勝つためには、自分を殺す。
不滅な魂であっても。
目が赤く輝き、ファウストへの愛を口走る。
「ファウスト。私はクララ。あなたに逢いたくて、ここまで来ました。きっと追手がきます。ですが、二人の愛の前には無意味なのです。ファウスト。愛してます。こんなにも、愛してます。」と囁く。
そこで、ファウストは目を細めた。
彼女の耳元で囁き返す。
「お前の愛する男に、悪魔の契約は必要か?」
クララは一瞬だけ、目をファウストに向けると、老いたるファウストの唇へと顔を近づける。
「契約? 何の話でしょう?」
第三幕の幕は、こうやって閉じられる。
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